未完成な僕らの旅だから

King & Princeの岸優太くんを応援するブログ(@purplish_ciel)

大谷怜爾くん、幸せをありがとう

今日の午後から、友達の家でキントレの昨日の公演の感想を聞いていたところ、急に友達が

「ねえねえ、大谷怜爾くんが退所したの知ってる?」

と言い出した。

私はびっくりして詳細を尋ねると、どうやら本当の事らしく、『ついにこの時が来たか』とその場で涙が溢れてしまった。

私が怜爾くんを知ったのは、2016年6月5日のまいジャニである。

私は当時ジャニーズの公演を観に行ったこともなければ、関ジュもあまり詳しくなくて、その時に初めて大谷怜爾くんという存在を知った。


なにこの人かっこいい!😳
頭よすぎ!😳

これが第一印象。


その日から怜爾くんが気になって、しかも同い年ということもわかり、気がつけばファンになっていた。

私がアイドル誌のハガキで、大谷怜爾くんを掲載してほしいと書き始めてから、少し経った頃、怜爾くんはちょこちょこ雑誌に出てくれるようになった。

クールに見えるけど実はおもしろい人だったとか、大晴くんと差し入れのプリンをめぐってケンカしちゃう人だったとか、朝に弱い人だったとか、お母さん大好きな人だったとか、変な造語作っちゃう人だったとか、いろんな怜爾くんの新しい一面が見れて楽しかった。



私が怜爾くんの姿を生で観ることができたのは2回。

1回目はジャニフワの時。

10/23の昼公演で、初めて怜爾くんを生で観た。

当時私の地元はその2日前の大きな地震でてんやわんやで、正直片付けも手伝わずに1人で大阪に行くなんて罪悪感が半端なかったけど、今となっては行ってよかったと思う。

一生懸命に踊る姿を見てまず感動。
手を振りながら私の席のすぐ隣の通路を歩いていった怜爾くんはまぶしすぎました。


2回目はジャニストの24魂の時。

この時のエピソードは前にこのブログでも書いたけど、私が怜爾くんのうちわを持って入った最初で最後の公演。

Colorful Magicの時に、それまで私に背中を向けていた怜爾くんが振り向いてくれて、私のうちわに気づいてくれた。

怜爾くんは私に気づいた時、うお!と声をあげて優しく微笑んでくれた。

本当に嬉しくて嬉しくて、、、

もうその時には私は大学が決まっていて、春から関西に引っ越すことも決まっていたので、大学生になったら、思いっきり怜爾くんを応援しようと決めた。



それからなうぇすとツアーが発表されて、私は大阪公演に入ることが決まって、怜爾くんに会えるのを楽しみにしていた。

しかし、横アリ公演以降怜爾くんがステージに姿を現さなくなってしまって、春松竹に入っても姿はなくて、なうぇすと大阪公演でも怜爾くんは姿を見せてくれなかった。

この時は怜爾くんももうすぐ大学入学だから、その準備で忙しいんだ、仕方ないと思っていたが、しばらく経っても一向に雑誌にも姿を現さないし、誰も怜爾くんのことを雑誌で語らなくなってきて、不安が大きくなった。
姿を現したといっても最近では5月の産経新聞の真鳥くんの回だけ。
その産経新聞もなうぇすとの時だから、横アリまでの期間に撮影されたものだし、別に私にとってはそこまで安心材料にはならなかった。

それからまた時は過ぎ、夏松竹が始まった。
ここにも怜爾くんの姿はない。

それでも決定的なものがない限り、私は怜爾くんがまだ事務所にとどまっていることを信じていた。

周りの子には
「怜爾くんずっと行方不明なんだけどー。
捜索願出したいくらいだわー。」
おちゃらけて話していたけど、本当はすごくすごく心配していた。

いつか遭遇したら、自分の口から聞いてやろうと思っていた。

でも、今日真実がわかった。

私にとって応援している人が退所するということは初めての経験で、この事実を知った時は友達もいたから、友達に迷惑をかけまいと涙を引っこめたけど、家に帰って1人になると、後悔だったり、嬉しかったことだったり、いろいろなことが蘇ってきて、また涙が溢れてきてしまった。

後悔は、ジャニフワの時に手紙を書いていったけど、劇場で預かってもらえなくて結局出せずに家に持って帰ってしまったこと、それから、もっと怜爾くんのパフォーマンスする姿を目に焼き付けたかったことだ。

後悔はあるけれど、怜爾くんが決めた道なら応援するし、私も同じ大学一回生として怜爾くんをお手本に日々の学業に励まなければと今回の事で背中を押してもらえた。

短い間だったけれど、怜爾くんを応援できてよかった。

ありがとう。

そしてお疲れ様でした。

怜爾くんがくれた幸せはこれからも忘れません。

2017.08.27